イス軸法の体験会やレッスンをしていると、介護士・介護職の方が来られることもあります。
介護現場でのよくある悩みとして、移乗のたびに腰で踏ん張ったり、立ち上がり介助でつい腕を使いすぎたりすることはありませんか。特に身体の大きい利用者さんを支える場面では、無意識に全身へ力が入ってしまうこともあります。
ボディメカニクスを学んでいても、忙しい現場では毎回その通りに身体を使えるとは限りません。夜勤や連続した介助のあとなど、疲れているときほど、いつもの身体の使い方に戻りやすくなります。
イス軸法を介護職の方に体験してもらうと、「さっきより力を使わなくても支えられる」「いつもより踏ん張らなくていい感じがする」といった反応が出ることがあります。
もちろん感じ方には個人差があります。
ただ、介護の仕事は、思っている以上に介助する側の身体を使う仕事です。だからこそ、利用者さんをどう介助するかだけでなく、介助している自分自身がどう身体を使っているかにも一度目を向けてみてほしいと思っています。
ボディメカニクスを知っていても、現場ではうまく使えないことがある
介護を学ぶ中で、ボディメカニクスについて教わった方は多いと思います。
支持基底面を広くする。重心を低くする。利用者さんに近づく。大きな筋肉を使う。身体をひねらず、足を使って向きを変える。どれも大切な基本です。
ただ、知っていることと、毎回自然にできることは別です。急いでいたり、人手が足りなかったり、利用者さんが予想と違う動きをしたりすると、頭では分かっていても、腕で引いたり、腰で踏ん張ったり、身体を固めたりと、いつもの介助の癖が出やすくなります。
だから私は、介助方法をさらに覚えるだけでなく、
今知っている介助方法を使いやすい身体にしておく
という視点も大切だと思っています。
立ち上がり介助では、利用者さん自身の力を活かしやすくなることがある
椅子やベッドからの立ち上がり介助では、利用者さん本人ができる動きを活かしながら、必要なところだけ支えることが大切です。
ただ、利用者さんの動きに不安があると、つい腕で引き上げたり、介助する側が先に動いたり、身体を固めて支えたりしやすくなります。
イス軸法をした前後で同じように人を支えてみると、自分自身が安定し、利用者さんの動きに合わせやすくなったと感じる人がいます。
すると、
「利用者さんを持ち上げる」よりも、「利用者さんと一緒に動く」
という感覚に近づくと言った声もありました。
利用者さん本人の力を活かすという意味でも、この違いは介護の考え方と相性がいいと思います。
移乗介助では、自分自身も一緒に動けているか
ベッドから車椅子へ、車椅子からトイレへ。移乗介助では、利用者さんだけでなく、介助する側も足を動かし、向きを変え、相手の動きに合わせながら身体を使っています。
ところが、利用者さんを支えることに意識が集中すると、自分はその場で踏ん張ったまま、腕だけで支えたり、腰で受け止めたり、上半身だけで方向を変えたりしやすくなります。
介助のやり方そのものを変えなくても、介助する側の身体の状態が変わることで、同じ動作の感じ方が変わることがあるというのが面白いところです。
「力を抜いて」は、思っているほど簡単ではない
介助のときに、
「力任せにしない」
「腰だけでやらない」
「もっと力を抜いて」
と言われた経験がある方も多いと思います。
でも、実際には簡単ではありません。
利用者さんを転倒させたくない。急に力が抜けるかもしれない。身体の大きい人を支えなければならない。狭いトイレや浴室で介助することもある。
そういう場面で身体が緊張するのは自然です。
だから、「力を抜こう」と頑張るだけでは抜けないことがあります。
自分自身が安定して、「このくらいの力で大丈夫」と身体で感じられることが大切です。
イス軸法は、その違いを前後で比較しやすい身体メソッドです。
移乗だけではありません。排泄・入浴・ベッド上介助でも
介護職が身体を使うのは、移乗だけではありません。
排泄介助では、狭いトイレの中で利用者さんを支えながら衣服を操作します。入浴介助では、濡れた環境で安全を確保しながら身体を支える必要があります。ベッド上では、体位変換や起き上がり、位置調整などで上肢に頼りやすくなります。
場面は違っても、共通するのは、
相手を支えながら、自分自身も安定して動く必要があること
です。
自分の身体が不安定だと、その分だけ腕や肩、腰などで補おうとしやすくなります。逆に、自分自身が安定していると、相手を支えながら手を使ったり、身体の向きを変えたりしやすくなることがあります。
福祉用具やノーリフティングケアとは別の話です
ここは大切なところです。
イス軸法は、リフトやスライディングシートなどの福祉用具を使わず、人力で頑張るための方法ではありません。
ノーリフティングケアの考え方や、利用者さんの状態に応じた福祉用具、安全な介助方法はとても大切です。
そのうえで、それらを使って介助している自分自身の身体も、できるだけ楽に使える状態にするというのがイス軸法の位置づけです。
介助方法を置き換えるのではなく、今使っている介助方法を実行する「自分の身体」に目を向けます。
自立支援という意味でも、介助する側の余裕は大切
介護では、何でもやってあげることが良い介助ではないという考え方の方もいると思います。
利用者さん自身ができることはできるだけ活かし、必要なところだけ支え、本人のペースを待つことが大切という考え方です。
ただ、忙しかったり、介助する側に余裕がなかったりすると、待ちたいと思っていても、つい早めに手を出してしまうことがあります。
自分自身が安定していて、「この人の動きをもう少し待てる」という余裕があることは、利用者さんのできることを活かす介助にもつながると思っています。
イス軸法は、新しい介助技術ではありません
イス軸法は、
「この方法なら簡単に移乗できます」
「重い人も楽に持ち上げられます」
という介助技術や、ボディメカニクスのような体の使い方の技術ではありません。
利用者さんの状態に合わせた介助方法、ボディメカニクス、福祉用具、安全管理。それぞれが大切です。
イス軸法で整えるのは、その介助方法を使っている、自分自身の身体です。
だから、今まで学んできた介助方法を変える必要はありません。むしろ、その介助方法をイス軸法の前後で比べてみてほしいと思っています。
普段の介助に近い動きで比べてみてください
介護職の方がイス軸法を体験するなら、ただ立ったり歩いたりするだけでなく、普段の仕事に近い動きでも比べてみると分かりやすいです。
たとえば、人に身体を預けてもらって支える、椅子からの立ち上がりを支える、中腰から動く、人を支えながら向きを変える、といった動作です。
そして、「楽になった」だけで終わらせず、どこが違うのかを感じてみてください。
腕なのか。肩なのか。腰なのか。脚なのか。それとも身体全体の使い方そのものなのか。普段から介助をしている人ほど、こうした違いに気づきやすいことがあります。
介護施設で約20名の企業向け研修を行ったこともあります
イス軸法は、個人で体験するだけでなく、介護施設などで職員向けの研修として行うこともできます。
実際に、理学療法士の方からご紹介いただき、高齢者向けの介護施設で約20名のスタッフさんを対象に介護士向けの企業向け研修を行ったことがあります。
その施設では普段から定期的に職員研修を行っていたのですが、その中でもイス軸法の研修はかなり評判が良かった、と評価をいただきました。
研修では、単にイス軸法の動きを覚えるだけではなく、実際の介護現場を想定して、移乗介助、立ち上がり介助、人を支える動作などをイス軸法の前後で比較してもらいました。
一般的な介助研修では、「どう介助するか」を学ぶことが中心です。
イス軸法の研修では、そこから少し視点を変えて、「その介助をしている自分自身の身体が、どう変わるか」を体験します。
普段と同じ介助方法でも、自分の身体の状態が変わることで、
「さっきより支えやすい」
「力を入れなくても安定する」
「いつもより身体が楽」
と感じる方が多くいました。
介護職は、1日の中で何度も人を支えます。
だからこそ、こうした「介助する側の身体」に目を向ける研修は、一般的な介助技術の研修とは違った価値を感じてもらいやすいのだと思います。
一人で体験して、「これ、職場のみんなにもやってほしい」と思った場合は、人数を集めていただければ、施設向けのグループ研修として行うことも可能です。
施設単位での実施については、企業研修・外部講師派遣のページに内容をまとめています。
利用者さんを支える仕事だからこそ、自分自身の身体にも目を向けてみる
介護では、利用者さんが安全に過ごせること、できることをできるだけ続けてもらうこと、本人らしい生活を支えることを優先します。
それはもちろん大切です。
でも、その介助を毎日続けるのは、介護者自身の身体です。
だから一度、
「利用者さんをどう支えるか」だけでなく、「その利用者さんを支えている自分は、どう身体を使っているか」
という視点でも見てみて、ご自身や職員さんの体を大切にしてあげてください。
必要以上に腕で頑張っていないか。腰で踏ん張っていないか。自分自身も相手と一緒に動けているか。イス軸法の前後で比べると、今まで当たり前だった身体の使い方に気づくかもしれません。
新しい技術をさらに覚えるのではなく、今知っている介助方法を使いやすい身体にする。
その一つの方法として、介護職の方にもイス軸法を一度体験してほしいと思っています。
まずは体験会でイス軸法そのものを体験してみてください。ただ、体験会は何人かで一緒に行うので、細かいところまで試すには向きません。移乗や立ち上がり介助で細かく比べたい場合は、体験会のあとの練習会か、パーソナルレッスンになります。
介護以外の職種も含めた全体の話は、理学療法士・整体師・鍼灸師など、身体を扱う仕事の人にイス軸法を体験してほしい理由にまとめています。

